西武鉄道

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2007.1.19 UP

西武鉄道では古くから貨物輸送が行われており、多数の電気機関車を保有していました。それらは旧国鉄に所属していたものも多く、国鉄型客車を牽かせれば似合ったものと思われました。しかし、大手私鉄と国鉄、JRの間で客車の乗り入れ運転が行われた実績は私の手が届く範囲ではありませんでした。ところが、客車列車が思わぬ形で実現することになります。E851のさよなら運転にあたり、JRの12系を借用することになったのです。
 E851型なきあとも工事列車牽引用のE31型が重連で新車の搬入に活躍していますので、そのシーンも加えました。

●5000系レッドアロー号の引退とE851型の貨物列車

1995年、長らく西武鉄道の看板として活躍してきたレッドアロー号の5000系が10000系への置き換え完了が近いことが報じられました。また、同時にE851が牽くセメント輸送の貨物列車も存続の危機にあることを知りました。西武鉄道は関東に通算10年近く住んでいたにもかかわらず、ほとんど撮影したことがありません。お気に入りであった5000系がアルバムに1枚もないとあっては悔いを残すことになるでしょう。当時私は大阪在住でしたが、夏休みを利用して訪問することにしました。

引退が迫った頃の5000系「レッドアロー号」。 E854が牽くセメント列車(返空) 残る5000系を置き換える10000系の試運転が行われていた。

5000系レッドアロー号
 西武池袋線に乗り換え、まずは石神井公園で下車しました。都心に近いにも関わらず、郊外のような写真が手軽に撮れるポイントとして雑誌で紹介されたためか、他にも数名の方が来られていました。既に10000系に置き換えられた運用も多く、決して効率はよくありませんでした。

池袋・秩父線の貨物列車
  既に貨物列車は土日運休になっていて、平日に訪れるしかありませんでした。しかもこの日、金曜日はさらに運休列車が多く、結果的にはE851型の貨物列車(本来の姿)唯一の写真となってしまいました。

新レッドアロー試運転
 10000系新レッドアロー号は続々投入され、訪問した日にも試運転が行われていました。
 ポールが両側支持に改められたところが多い中、ここは1本だけ片持ちポールが残っており、目立たないように撮ることができました。

●E851型最初で最後の客車牽引

国鉄EF65の私鉄版といえるE851型はその優美なスタイル、鮮やかな塗装から、ファンの間では客車を牽かせたいという声が聞かれました。しかし、それも叶わぬ夢で終わるものと誰もが思っていたのでした。
 1996年、それがにわかに現実味を帯びてくることになりました。E851型へのはなむけとしてさよなら運転を行うに際して、自社の電車を牽くのではなく、JRの12系を借りることになったのです。これまで紹介してきたようなジョイフルトレイン等の乗り入れ(沿線を出発駅とする団臨)ではなく、自社内の運転のために貸し出しが行われたことは特筆に価します。
 車両限界は問題なし。貸し出し元のJR高崎支社は協力的。ホームとステップの逆段差について、所轄官庁である運輸省(当時)も限られた列車であれば問題ないとの見解が得られ、晴れてE851型の客車列車が実現することになったのでした。

 学生時代から私鉄の機関車と国鉄、JRの客車の組み合わせを記録し続けてきた私としてはこの列車を見逃すわけにはいきません。都合により5.26の1日しか現地へは行けませんでしたが、前夜大阪を発って西武池袋線、秩父線を目指しました。
 沿線は撮影地が少なく、大混雑が予想されたため、東海道線の「ムーンライトながら」より早く着ける急行「アルプス」を塩尻−八王子で利用しました。(2015.9.1、さよなら列車往路の動画を公開しました。こちらからどうぞ)

クロスシートの4000系に混じって101系の快速急行もやってきた。 E854+E853+12系6連のさよなら列車。 E851型さよなら列車の復路

ポールがかからないポイント
 池袋・秩父線山岳区間はポールの間隔が短かったり山や樹木が迫って撮りづらい路線です。そんな中、東吾野−吾野間には片持ちポールの区間があり、重連の撮影にはうってつけでした。多くの方は考えることが一緒だったとみえて、狭いスペースは押すな押すなの大盛況。半日がかりの移動で場所を確保できるかがいちばんの心配事でした。
 池袋から直通の101系快速急行もよき写材になりました。

E851重連さよなら列車(往)
 待つこと4時間。特急「おくちちぶ」が先行した後、いよいよ「さよなら列車」がやってきます。モーターのうなりが聞こえてくると、長い汽笛を鳴らしながらE851が姿を見せました。鮮やかな塗装が新緑に映え、いっそう引き立ちます。ヘッドマークなしの自然体はまるで定期列車のようで好感が持てました。

E851重連さよなら列車(復)
 横瀬での保存車両の見学はそこそで切り上げ、復路の撮影場所を確保することにしました。横瀬から芦ヶ久保方向へ戻った生川橋梁付近は雑誌で紹介された撮影ポイントでしたが、意外に空いていて、難なく三脚を立てることができました。
 撮影後、脱輪して困っておられた同好の方を数人で押して差し上げたら駅まで送って下さったことが思い出されます。既にかなりの距離を歩いていたのでとても助かりました。

E52 横瀬 96.5.26 E32+E31牽引20000系 今は滅多に列車が走らない貨物線をレッドアローの増備車がゆく。

スイス製電機E52
 E851のさよなら運転当日、横瀬では保存車の展示が行われていました。E52は我が国では珍しいスイス製。1923年に今後の電化の進展に向けて見本として輸入された2両のうちの1両です。独特のスタイルは西武へ来てからも人気を集めていました。
 日頃は非公開で庫内に保管されているため、各車の状態は申し分ありません。

E31型が牽く新車輸送
 新車は山口県の日立製作所にしばしば発注され、新秋津まで甲種鉄道車両輸送で運ばれてきます。新秋津へは西武のE31型が重連で迎えに行きます。E31型は国鉄飯田線のモハ80が履いていた台車を使用していることは知られており、出力も電車並です。それが10両もの長大な編成を牽いて所沢のオーバークロスを越えてしまうことには驚かされます。

使われなくなった貨物線をゆく
 2003.2.23、久しぶりに増備された10000系特急車が到着。これもE32+E31が西武線内を牽引しました。所沢までの貨物線はかつて旧形電機やE851などが牽く貨物列車が多数運行されましたが、今では新車や改造車の輸送に使われるのみです。

このほか西武鉄道には762mmゲージの山口線があり、SLやバッテリー機関車が客車を牽いていました。一見遊園地の乗り物のような客車もありましたが、地方鉄道法に基づく正式な鉄道でした。これも「私鉄の機関車が牽く旅客列車」に該当しますが、機会を改めたいと思います。

参考文献:Rail Magazine 145号(95.10)、鉄道ファン 424号(96.8)

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