■近江鉄道

2014.11.9 UP

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中小私鉄の中では比較的多くの機関車を保有し、貨物輸送が盛んであった鉄道です。既に貨物列車が全廃になって久しく、さすがに大正時代製の機関車は動いていませんが、当社では廃車後も解体されずに残っている機関車が多く、彦根駅構内の「近江鉄道ミュージアム」で保存されている姿を見ることができます。

●貨物輸送廃止までに訪問できず

近江鉄道での貨物輸送末期の頃、ED14が牽く貨物列車が走っていました。ED14は東海道線電化開業時にアメリカから輸入されたもので、撮影に訪れたいとかねがね思っていました。当時私は関東在住。長期休暇の際にと思ってはいましたが、帰省先である愛知県を通り越しての訪問はなかなか叶いませんでした。そして、1988年3月、ついに貨物輸送は全廃となってしまいました。
 もう撮影するチャンスもなかろうと諦めていましたが、西武鉄道から401系が譲渡された際、甲種輸送で彦根駅に到着した譲渡車の入換にED14が使われているシーンが雑誌に掲載されました。構内移動だけとはいえ、長編成の先頭に立つED14は実に堂々として見えました。小さな写真でしたが、私を近江路へと駆り立てるには十分なものでした。
 401系の譲渡は数回にわたって行われ、それほど待つことなくチャンスが訪れました。ダイヤ情報に掲載された甲種の運転日は幸いにも休日でした。JRのホームでかなり長時間待ちましたが、これがED14の走行シーン初撮影となりました。

●設立100周年記念列車

初撮影以来近江鉄道を訪問する機会はなく、初めて同社の沿線に立ったのは1996年9月のことです。同年は近江鉄道が設立されて100周年に当たります。それを記念して電気機関車が電車を牽引するイベント列車が運転されました。

僅かな区間ながらED141が8両もの電車を牽引。 100周年記念列車を重連で牽く。重連は彦根−高宮の短区間のみ。 高宮で先頭のED141が切り離され、以降はED314が単機で牽引。

到着した西武401系を入換
 EF66に牽かれて到着した401系はかなり米原寄りに停車しました。ED141が迎えに行ったものの、なかなか来ません。まだかまだかと待つうちにやっと来ました。
 影がだいぶ伸びてきていて、やきもきしながら待ったことでしょう。
 碧電14周年記念画像として、拡大写真は少し大きめのサイズです。

ED14とED31の重連運転
 彦根駅構内では重連牽引の編成を撮らせていただくことができるとともに、当日の運行ダイヤをいただきました。重連運転は高宮までの短区間。電車から撮影場所を探しました。高宮からそこそこ距離がありましたが、何とか間に合いました。
 快晴に順光で光線状態は文句無し。パンタが4つ上がるとなかなか壮観です。

ED314単機牽引で高宮を発車
 高宮からはED314の単機牽引となりました。ED14は重いため、ここを過ぎた鉄橋を渡ることができないのだそうです。
 高宮の停車時間は長くなく、重連の撮影地からの移動は無理かと思っていましたが、同行したHさんの友人が車に乗せて下さいました。

イベント列車を後打ち撮影。バックの木立がなかなかよい雰囲気。。 塗装補修中のキハ101 日野で折り返した復路の記念列車 ED314+クハ1222+モハ1

記念列車を後打ちで
 列車は五個荘で長時間停車し、乗客たちは下車して訪問先へ向かいました。
 桜川−朝日大塚は偶然見つけたポイントながら、撮りやすい場所でした。大勢のファンがカメラを構えているのを見て、沿線住民の方がカメラ片手に出てみえました。しかし、ED31は大いに期待はずれだったようで、動画には「なにぃ、こんなんか・・・。」と落胆する声がしっかり入ってしまいました。

引退間近のLEカー
 車に乗せて下さったMさんには市辺駅で降ろしていただき、近江鉄道への感謝の気持ちで貴生川まで乗ることにしました。帰りの記念列車を撮るつもりで日野で下車すると、この日久しぶりに会った東京のNさんから「もうすぐレールバスが来るみたいですよ。」と聞きました。閑散区間用に導入されても使い勝手が悪く、引退間近とのこと。近江鉄道にも気動車が走っていた記録を残せたのは拾い物でした。

復路もED314が牽引
 列車は日野で折り返し。機回しをして彦根へと戻ります。のどかな風景の中をのんびり走ります。
 この列車を撮って撮影終了。予定どおり終点貴生川まで出て、草津線で帰りました。この日は古典機関車などの撮影を堪能し、一日楽しく過ごすことができました。

●鉄道の日(近辺)の恒例となった「がちゃこん祭り」

 1990年代末期から2000年代当初にかけて、各地の中小私鉄では、日頃なかなか動く姿を見ることができない機関車に電車を牽かせ、乗車や撮影を楽しむことができるイベント列車がよく走りました。これらはおおよそ鉄道の日周辺の土休日に運転されることが多く、中には掛け持ちが困難で、どちらかを諦めざるを得ないものもありました。
 近江鉄道では、「ガチャコンまつり」として、本稿をアップした2014年にも開催されています。ただし、機関車牽引の電車は次第に運転されなくなってしまいました。その理由は、機関車の老朽化のほか、輸送人員の減少による経営悪化に伴い、経費面や人的な余裕がなくなったことが挙げられます。
 1998年には10月11日にED141号機がモハ1系を牽くイベント列車が多賀大社−米原−彦根間で運行されました。
 なお、余談ですが、「ガチャコン」とは、電車の走行音が「ガチャコン、ガチャコン」と聞こえることからこのように呼ばれるようになったと、社員の方から聞きました。

モハ4がクハ+ED141を牽引。 イベント列車が米原から戻って来るまでの合間に定期列車を撮影 モハ504。 「あかね」号は鳥居本でイベント列車と交換。

機関車を牽く電車
 イベント列車の回送が来ました。唸っているのは先頭のモハ4だけ。ED141は電車に牽かれてぶら下がっていることになります。たまにはイベント列車に乗ってみようと、折り返しの本列車は撮らず、多賀大社から乗車しました。彦根で後述の「あかね号」に追い抜かれるダイヤで、ほとんどの乗客がそちらへ乗り換えてしまいました。ED14の方に残ったのは僅か5名ほどでした。

合間に定期列車を撮影
 米原からは電車で鳥居本へ戻ります。ここと彦根の間には小さな峠越えがあり、トンネルもあります。市街地に近いところとは思えないような写真が撮れます。
 イベント列車が戻って来るまでの間、定期列車を撮ります。

700 系あかね号
 1996年は会社設立100周年でしたが、開業100周年は1998年になります。それを記念してイベント車「あかね号」が改造されました。JRのジョイフル気動車「Kenji」のような前面など、一見して西武401系の改造車とは思えない出来栄えになっています。既存の部品をうまく組み合わせて独自の電車を作る近江鉄道の得意技が生かされています。

米原からイベント列車が戻ってきた。今日の運行区間のハイライト。 ガチャコン祭り会場、高宮駅には茶色塗装に復元されたED144も展示。 阪和電鉄出身のロコ1101。工芸品的な美しさを持つ。

ED141が牽くガチャコンまつり号
 米原で機回しを行い、イベント列車が折り返してきました。1994年の撮影後、再塗装が行われたようで、きれいになっています。

茶色塗装のED144
 お祭りの会場自体は高宮駅構内にありました。日頃は彦根に留置されている機関車各形式が回送のうえ、展示されました。
 ED144号機は国鉄時代を彷彿とさせる茶色塗装に復元されていました。通電できなかったのか、架線に届いてはいませんが、パンタグラフが上げられているのは嬉しい配慮でした。

ロコ1101
 阪和線の前身、阪和電鉄が出身の機関車です。私鉄買収機もその多くは国鉄形式、ED○○を名乗りましたが、なぜか4桁の番号のままです。国鉄時代から近江鉄道へ移籍後も「ロコ1101形」と呼ばれています。
 阪和電鉄の電車、機関車はそのデザインの秀逸さに定評がありました。この機関車もさすがと言わせる美しさを感じます。

●赤電塗装が復元されたモハ1形をED31が牽く

 近江鉄道は西武鉄道の系列であることから、以前は親会社と同様の赤とベージュのツートン、いわゆる赤電塗装でした。近年デビューした車両は別として、現在に至るまで、黄色塗装が採用されています。1996年、1998年に撮影した電車も黄色塗装になっています。
 そんな中、有志によって残り1本となったモハ1系を赤電塗装に復元しようという提言がありました。会社側に要望するのではなく、塗装のための費用は募金でまかなうことになり、当時急速に普及しつつあったネットを通じて呼びかけられました。
 そして、2000年7月、見事に実現した赤電塗装の編成をED313号機が牽きました。

ED313号機が赤電塗装のモハ2+クハ1222を牽引。 100周年記念列車を重連で牽く。重連は彦根−高宮の短区間のみ。 お盆休みの帰省時、米原で偶然赤電塗装のモハ2を目撃。

赤電を牽いて愛知川を渡る
 高宮を出てしばらくは新幹線に張り付いていて撮りづらい区間です。そして、愛知川鉄橋は随一とも言える撮影ポイントです。この日も多くのファンがカメラを構えていました。先行の電車は晴れていましたが、肝心のED31+赤電のときは陰ってしまいました。

水口松尾付近をゆく
 日野から水口松尾の間は駅間距離が長く、木製ポールやうっそうと茂る森が魅力的です。96.9.23の初乗車の際にこの付近で撮ってみたいと思いました。しかし、降りてみるとイメージとは違い、線路端は草ぼうぼう。光線もまだ回りきっていません。これは失敗だった。撮影地で会った初対面の方によい場所があると案内して悪いことをしてしまったと思いました。
 改めてスキャナーにかけてみると、決して悪くはないなと思えてきました。

赤電塗装のモハ2を目撃
 2000.8.12、お盆休みで帰省した際、米原駅に停車中の赤電塗装車モハ2を目撃しました。JRの改札を出て、近江鉄道線の駅のはずれで撮りました。
 このあとしばらくは営業運転に充当されるも、予備車として休んでいることが多かったようです。

●客車列車の入線を期待したこともあったが

貨物輸送が廃止となり、機関車がイベント列車を牽いていた頃の作品を一気にまとめてみました。記憶があいまいな箇所もたくさんありましたが、96.9.23、98.10.11の両日は撮影日記が残っていて、細かいところまで再確認の上、文章を書きました。記憶というものはあまり当てにならない(違っていた)と、改めて思いました。
 さて、田園茶屋駅「私鉄の機関車が牽く旅客列車」シリーズは、本来、国鉄、JRから乗り入れた客車列車を自社の機関車が牽いた記録が柱になっています。多くの機関車が在籍した当社にはなぜ国鉄型客車が入らなかったのでしょうか。
 まず、致命的であったのが車両限界です。元西武の401系の改造車、800系や700系「あかね号」がデビューした際、隅角部の裾に切り欠きが設けられています。これは、一部の駅のホームが20m車に対して支障するためであるとされています。(ただし、現在は解消されていて、最新の900系には切り欠きがありません。)これでは国鉄形客車は入れません。
 それと、牽引力が大きいED14形が本線の高宮より南へ入れなかったことも客車の入線を遠ざけていたと言えるかも知れません。
 もしED14がスロ81系お座敷車あたりを牽いていたら、それは魅力的なものだったことでしょう。

●機関車代わりに使われるモハ220形

 モハ220形は閑散区間用として手持ちの部品を組み合わせて自社で製造された小型電車です。冷房が搭載され、台車も新しく見えます。しかし、本形式の最大の特徴は駆動方式が吊掛式であることです。モーターはMT15形で、国鉄の17M車やクモハ40などに使用されていました。
 過去に当社では廃車になった国鉄の旧型電車の解体を請け負っていたことがあり、その部品が使われているのかも知れません。

モハ221号がバラストホキ車を牽引。 ED14の入線を阻んだとされる犬上川橋梁を渡る。 高宮で停車中に先回り。発車シーンを撮影。

ホキ2両を牽いて愛知川を渡る
 機関車代用としてバラストホキを牽くモハ221号。この日は大気の状態が不安定で、突然の大雨や落雷が心配されました。しかし、愛知川鉄橋通過時は幸いにも陽が当たりました。

犬上川を渡る
 愛知川を過ぎると、線路が東海道新幹線に張り付いているため、撮影しやすいポイントがありません。犬上川橋梁を渡るあたりでやっと新幹線から離れます。堤防沿いに進んで何とか撮れるスペースを見つけました。

高宮を発車
 高宮駅でも停車時間があり、最後の撮影は駅のはずれにしました。モハ220形は外観上は新しく見えるため、動画で音を録らないと、その特徴を表現しにくいのです。
 動画はこちらからどうぞ。

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